私の祖母はご機嫌が良いと、時々民謡を口ずさみました。
子供心に独特なリズムとこぶし回しが面白く、じっと聴いたものです。
テレビで見る民謡のピンと張った伸びの良い声も好きで、いつか本当の民謡を聴いてみたいと思っていました。


ある日、ネットであれこれ見ていると「唄う船頭さんがいる」とありました。
棹一本で舟を操りながら「げいび追分」という民謡を唄ってくれるのです。
舟下りは岩手県にある「猊鼻渓(げいびけい)」。
川が岩を浸食してできた断崖絶壁の渓谷です。渓谷に響く民謡を想像すると聴いてみたくなり、この夏訪れることにしました。


東北新幹線に乗り岩手県は一関市へ。バスに乗りかえ、のどかな風景を眺めながら40分ほどで到着です。

舟に乗り込むと、身長の3倍はある長い竿を持った船頭さんが待ち受けていました。この道25年のベテランだそうで、お話も面白く楽しい舟下りが始まりました。
川の両側には石灰岩がそびえ立ち、高いところは120メートルにもなります。豊かに茂る緑の木々は、秋になると美しく紅葉するそうです。

川では魚が勢いよく飛び跳ねます。
向かいに座っていた家族が魚の餌をまき始めました。
「それ、それっ」と餌巻きに夢中になっていると大きな魚が寄ってきたらしく大盛りあがり。
「せっかくなので魚でなくて景色を見てくださいね〜」と船頭さんのコメントに場が和みました。

舟下りも終盤に差し掛かると、いよいよ船頭さんの「げいび追分」の始まりです。
渓谷に響く唄声は、まっすぐに空気を通り抜け、ひらひらとまわるこぶしに彩られます。息の長い節(ふし)を聴いていると、こちらの呼吸も深くなり心が穏やかになりました。

舟下りのあとは世界遺産になった平泉へ。平安時代の遺跡を遺す平泉は、この地を詠んだ松尾芭蕉の句「夏草や兵どもの夢の跡」も有名です。

心に残る唄の響きと共に悠久を味わういい旅になりました。


2022年09月16日